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昌和莫大小株式会社 井上 克昭

昌和莫大小株式会社は、靴下の生産量日本一を誇る「靴下の町」奈良県北葛城郡広陵町で、創業90年を迎える老舗メーカーです。
ハイブランドのOEM専業から方針転換し、2017年に自社ブランド『OLENO』を立ち上げました。『OLENO』は現在、売上構成比50%を占めるまでに成長。自身の仕事観まで変えたという井上社長に新事業づくりについてお話しいただきました。


モヤモヤから始まった“俺のものづくり”

もともと我々は、アパレル会社からの依頼で百貨店や専門店で販売するハイブランドのレギンスやタイツを製造するOEMメーカーでした。アパレル会社はブランドにロイヤリティを支払い、ライセンス許可を得た商品を販売するという形です。しかし時代とともに高価格の商品が売れなくなり、アパレル会社から値下げ要求が強くなってきました。ブランドの名に恥じないよう素材や技術にこだわって製造していたので「これ以上は下げられません」と言うと、今度は糸のグレードを下げよう、縫製を簡素にしようなど極端に言えば3足1000円の靴下にハイブランドのロゴだけ入れるというようなオーダーがくるようになりました。中身が粗悪でもブランドの看板で価格は1ランク2ランクも上。そんな商品がお客様の手元に渡った時「最近毛玉ができるよね」「なんか履き心地が良くないね」となれば、当然ブランド離れが起きます。ウチにもリピート注文は来なくなります。厳しい要求に応え続けることは、自分たちの首を絞め、エンドユーザーにも不誠実な商品を届けることになる。そんなモヤモヤがきっかけで自社ブランドを立ち上げることにしました。自分たちで直接エンドユーザーに良質な商品を届けたいと思ったんです。
最初の2年は上手くいかず、ブランディングのプロとの協業を求めて奈良よろず支援拠点に行ったところ、デザインコンサルチームのSASIさんをご紹介いただきました。「ブランドがブレないためには、自分のアイデンティティを込めないとダメですよ」という言葉にピンときて、僕の好きだったスポーツやアウトドアに特化した靴下ブランドを作ることにしました。靴下ならば、既存顧客であるアパレル会社さんとも競合しない。ファッションとスポーツ、レギンスと靴下という全く違う土俵で立ち上げたことで、嫌な顔をされることもなく、取引を停止されることもありませんでした。これまでが秋冬もののアイテムだったので、靴下ならオールシーズンいけるという目論見もありましたね。
『OLENO』は自分たちの好きなものを俺がつくるという「俺のものづくり」からきていて、はじめは「こういうものがあればいいだろう」と社内で考えた商品を出していました。ある日トレイルランナーの方からいただいたメールに「もう少しこうしてほしい」など商品についてのフィードバックがありました。そこから連絡を取り合ううちに、インドネシアに駐在しながら現地で日本人のランニングコミュニティを作っているかなり本気のトレイルランナーさんをご紹介いただいたんです。あらかじめ「口悪いから覚悟しときや」と念押しされましたが、サンプルを送るともうケチョンケチョンに言われました。「こんなもん全然あかん。こんなんで山攻められへん」と。その鬼フィードバックと試作品づくりを経て生まれたのが今の『OLENO』の顔とも呼べる商品「アルティメットASO」です。この経験は『OLENO』のものづくりの原点にもなっていて、技術があるからといって我々があれがいいこれがいいとやっていてもダメ。ユーザーの声を聞いて一緒に作ることを今でも大事にしています。

『OLENO』の顔を担う商品「アルティメットASO」

OLENO流ユーザーファースト

『OLENO』が最も大切にしているのが「ユーザーとの共創」です。ユーザーと深く深くつながることにこだわる。買っていただいて終わりではなく、買っていただいたことから関係が始まると考えています。ブランド名の「俺のものづくり」は今も核にあるので基本的に商品企画は自分たちで行いますが、プロトタイプができたら必ずユーザーに試してもらい、フィードバックを得て改良します。その時の強い味方がSNSでつながっている「OLENOアスリートクラブ(以下、OAC)」の方々です。皆、毎日30km走るようなとんでもないアスリートの集まり50名。OACのメンバーにプロトタイプを送ると1週間程度で山のようにフィードバックが届きます。アスリートの好みはバラバラなので、最終的にどこに着地させるかが我々の技術になるわけですが、特徴を際立たせるとどうしてもアイテムは増えますね。よく「初心者におすすめの一足は?」と聞かれますが「ないです」と答えています。それくらい足の感覚って千差万別なので、販売する時もコミュニケーションが取れる場合は必ず試し履きをしていただいてからおすすめしています。
『OLENO』の靴下は全工程が自社一貫製造なので利益率が高く、素材にとことんこだわることができます。商品コンセプトに合うベストな素材や製法をお金に糸目をつけずに採用するので、結果的にユーザーファーストな商品が仕上がります。OEMとの大きな違いですね。例えば100マイルのレースを勝つための靴下「アルティメットTNG」は、トレイルランナーの西村広和選手とともに2年の歳月をかけて開発しました。西村選手はこれを着用し、日本最高峰と呼ばれるトレイルランレース「UTMF(現Mt FUJI100)」で優勝。その2週間後には「比叡山インターナショナルトレイル」でも優勝して大きな話題になりました。我々としては、靴下でレースパフォーマンスが高められることを証明できて本当に嬉しかったですね。靴下としてはやや高額の3300円ですが、トレイルランナーの間で人気に火がつき、今でも売れ筋です。2年もかけたのできちんと言葉を尽くして売るべきだと考え、「TNG」は卸をせず自社ECだけで限定販売しています。
もう一つものづくりで言うと、『OLENO』を始めてから我々もトレイルランやランニングのレースに出るようになりました。すると「こんな商品あるといいんじゃない?」という気づきがあるんです。例えば「カーフサポーター」は夏の虫除けや冬の防寒を目的とした商品ですが、市場には着圧タイプしかなかったんです。そこで、あえて締め付けの少ない仕様にしたところ、「こういうのを探していた」と着圧が苦手なユーザーから支持されて商品化に至りました。

ブランドづくりはファンづくり

もう一つ、我々にとって欠かせないのが「ファンづくり」です。ファンとの物理的な接点を積極的に作るようにしています。中でもレースイベントへのブース出展は、コアユーザーから商品や競技の悩みなどを聞いたり、初めての方に試し履きをしていただいたりする重要な機会です。面白い話があって、我々はブースを出しながらレースにも出場するのですが、ガチランナーではないので遅いんです。すると先にゴールしたユーザーさんが勝手に商品を売ってくれるんです。「今日オレこれ履いて出たんやけどな、めっちゃエエで」。ランキング上位のランナーがすすめるので説得力が違いますよね。『OLENO』のユーザーさんにはそういう方がいっぱいいらっしゃるんです。

レース出展以外に「OLENO RUN&CAMP」や「OLENO RUN&BEER」といった自社イベントも主催しています。キャンプの方は奈良県のキャンプ場を貸し切って、グループごとにフォトラリーをしてポイントが高かった順に賞品が出ます。そのあとみんなでBBQ、泊まりたい人は泊まって、翌朝自由参加で三峰山をランニングで登ります。もう4回目で今年は70名くらいが参加してくれました。ビールの方は、王寺駅をスタートして広陵町にあるクラフトビールの会社、長瀧さんをゴールにした17~18kmのランニング。最後にみんなでビールを飲むというイベントです。ユーザーさんに来ていただいてみんなでワイワイ楽しむ、こういう機会を自発的に作ることが「ファンづくり」にとって大切だと思っています。

『OLENO』の売上の半数はECですが、大手モールではなく自社ECのみです(※)。リアルな接点を作り続けることでファンが増え、ネット上のお店に足を運んでくださる。最もヘビーなユーザーさんは25回も買い物をしてくださっています。

どれもOEM専業だった頃には考えられなかったことです。去年の10月に息子が入社しましたが、『OLENO』を始める前だったら絶対に入れていません。こんなしんどいことに関わらせたくないと思っていました。それが今、『OLENO』は楽しいしやり甲斐もある。息子にもこれを経験させてやりたいし、良いと言うなら事業を承継してほしいと思うようになりました。『OLENO』を始めて本当にすべてが変わりましたね。

※卸先が大手モールに出店している場合を除く

誰のために作るのか

事業づくりで大切なことは「誰に届けるかを明確にイメージすること」だと思います。我々は誰にどんなふうに使ってほしいかを常に考えています。それが分からないとやることが全てボヤけますよね。誰に何を伝えるか。内容を明確に整理し、的確に伝えて、ファンになっていただく努力をする。そのためにはやはり継続です。『OLENO』を辞めようと思ったことは一度もありません。これはやり続けなければならないことだと思っています。いろいろと失敗もありますし難しいこともありますが、だから辞めようではなく、どうすれば良いかを常に考えて行動するだけです。最初は自分の好きなこと起点でいいんじゃないでしょうか。好きなことはブレません。逆にマーケティングや市場を見て売れそうかどうかでものづくりするのは難しいと思います。「これ売れそう」というものって売れないんです。「自分だったら絶対買う!」までいかないと売れません。そういうものを一緒に作るファンとの関係性まで含めて、ものづくりではないでしょうか。


いのうえ・かつあき
1964年奈良県広陵町生まれ。家業である昌和莫大小株式会社に入社し、2002年に3代目社長に就任。ハイブランドの女性用レギンス・タイツのOEMなどファッション業界を主軸に事業展開を行なってきたが、2017年新たにスポーツ・アウトドア業界に向けた靴下の自社ブランド『OLENO』を立ち上げる。ユーザーのニーズを丁寧に拾い上げた商品は、オリンピック選手などからも絶大な支持を集めている。


昌和莫大小株式会社
代表取締役|井上 克昭
創   業|1935年
本社所在地|〒635-0813 奈良県北葛城郡広陵町百済1369-1 TEL:0745-55-0415
事業内容|繊維製品の企画・製造販売


『あの企業が考える 事業づくりとは何か?』
発行元 | 大阪府商工労働部中小企業支援室経営支援課
発行日 | 2025年10月7日
プロデュース | 枡谷郷史、足立哲、大内涼加、西尾和倫(大阪産業局)
企画・取材・記事・デザイン| 古島佑起(クリエイティブ相談所 ことばとデザイン)
プロジェクトマネジメント | 吉原芙美(クリエイティブ相談所 ことばとデザイン)

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