
和歌山県かつらぎ町。人口約15,000人のこの町に、“聖地”と呼ばれ年間10万人が訪れるアウトドアショップ『Orange』があります。
さらに年間300万本を売り上げ、スパイス業界の常識を塗り替えるアウトドアスパイス『ほりにし』。
これらの生みの親でありブランディングを駆使して根強いファンを作る、株式会社ミモナの池田社長に新事業づくりについてお話しいただきました。
聖地を生んだ『Orange』のブランディング
事業づくりは「ものを作ること」と「売ること」の両輪で成り立ちます。ですが「ものは作れても売れない」という悩みをよく聞きますね。僕は「どう売るか?」こそがブランディングだと思っています。餅は餅屋という言葉がありますが、売ることを他人任せにしてしまうのはあまり良いことだとは思いません。得意でも不得意でも自分でやるからこそブランドは育つんです。
ミモナを2006年に創業してから、ECモールやスマホ普及の追い風もあって主力のアウトドア用品のEC事業は順調に伸びました。ただ、当時の僕らは仕入れた商品を並べるだけのディストリビューター。セレクトのセンスには自信がありましたが、仕入れ商品は他でも買えるし、大手もどんどん参入してくるとなると「ウチで買う理由」が薄れていきますよね。だからこそブランドが必要だと痛感したんです。当時、世界観をもつセレクトショップが脚光を浴びていたこともあり、実店舗を作って自社のブランドを磨いていこうと考えました。こうして2014年に開業したのがアウトドアショップ『Orange』です。
ブランドを作るうえで最も大切なのは「お客様の顔」を明確にイメージすることです。「こういうお客様に売りたい」「このお客様を喜ばすにはどうすればいいだろう」。交通の便も悪い田舎にわざわざ来てもらおうと思ったら「売れる・儲かる商品」ではなく「おもしろい商品」を置かないとダメなんです。「こんなんあったら絶対びっくりするで!」「使い方分からんけど、こんなん持ってたらヤバい!」そういう世界観を表現できるものを国内外から集めてきました。
僕はいつも言います。「ものを売るんじゃない。スタイルを売るんや」って。だから店にはアウトドアだけじゃなく、カルチャーやライフスタイルまで含めた“ナナメ上”の仕掛けを詰め込みました。憧れのヴィンテージカーを展示したり、めちゃめちゃおもしろいけど絶対売れへんやろって商品を仕入れたり。あとは『Orange』の3階すべてをヴィンテージコールマン2000点を展示したミュージアムにしています。収益のためじゃない、お客様に「おもしろい!」「かっこいい!!」って喜んでいただくためなんです。
別に店で何も買わなくて良いんですよ。「何でこんな田舎にこんな店あるんや!?」と言ってもらえたら、それが一番の褒め言葉です。だから『Orange』に売上目標はありません。開業時からショップマネージャーの堀西には「とにかくお客様を喜ばせてくれ」とだけ伝えました。評価指標は覆面調査による顧客満足度、それだけです。
じゃあ売上どうするのか。答えはシンプルで、お店でファンになったお客様は自然とECから買ってくださる。その流れを作るために僕らはいろんな「S」を集めようって言うんです。SMILE(笑顔)・SPECIAL(特別)・SUSTAINABLE(持続可能)・SURPRISE(驚き)…そうやっていけば最後は「SOLD OUT」になるんやでって。それが僕のブランディングです。
なぜ『ほりにし』は売れるのか
おかげさまでオープンから数年で『Orange』は“アウトドアの聖地”と呼ばれるようになりましたが、セレクトショップである以上「ここでしか買えないもの」が無かった。そこで僕は店の顔である堀西をキャラクターに据えたプライベートブランド『ほりにし』の開発を決めました。
戦略は「ニッチでリッチ」─ニッチな産業でトップを獲るということです。当時キャンパーの間で親しまれていたスパイスは数えるほどしかなく、市場としての認知も高くありませんでした。そこで僕らは今では当たり前に使われるようになった「アウトアドアスパイス」という言葉を商標登録し、新たなカテゴリを創出しました。また商品作りでは、ベンチマークにしたいくつかのスパイスと自社スパイスを食べ比べて8割の人が支持するまで販売しないと決めました。なぜなら6~7割は味の好みの問題ですが、8割ならどこに出しても大多数の支持を取れるからです。8割に到達するまでに70種類以上のサンプル制作と130回以上のテイスティングテストを重ね、構想から発売までは実に5年の歳月を要しました。
『ほりにし』は売り方も徹底的に丁寧にしました。まず考えたのは『ほりにし』を「調味料」ではなく「ブランド」として売ることです。開発メンバーでもある『Orange』のマネージャー堀西が作ったスパイスとして、彼自身をブランドキャラクターに設定。店頭ポップ、メディア、イベント……『ほりにし』が露出するときは可能な限り堀西が一緒に出る。「ほりにし=堀西」「堀西=Orange」という構図を作ったことで、競合に埋もれない強い個性をもつブランドになりました。
ブランドを育てるうえで肝心なのは「最初の出会い」です。例えばスーパーで出会った商品は「スーパーにあるブランド」になります。そうなると価格も安売りのイメージがつき、ブランド価値を守れません。だから『ほりにし』は最初ファンの間で3000本が一気に売れた後も、あえてセレクトショップやプロショップといった感度の高い場所にしか卸しませんでした。量販店からのオファーは次々来ましたが「もう少し待ってください」とすべて断ったんです。
著名人やメディアで話題となり「一度食べてみたい!」と需要が高まっても、買える場所はハイセンスなセレクトショップ、次に高級スーパーなど本当に徐々にしか広げませんでした。約5年かけて「ハイエンドな人が愛用するスパイス」というブランドが固まったところで量販店に解禁した結果、生産が追いつかないほど爆発的に売れました。スパイス業界では“3万本で大ヒット”といわれる中、初年度20万本。今では累計出荷本数1000万本を超えるブランドに成長し、海外展開も始まっています。

蟻の穴を見逃すな
量販店に「ちょっと待って」と言ったみたいに、僕はタイミングや流れを読むことってめっちゃ大事やと思っています。『ほりにし』のように自社の事業であれば、どこで仕掛けるかはある程度コントロールできるし、そこに向けた準備もできます。難しいのはもっと大きな流れの中での判断です。ウチの業界でいえば「コロナ禍のアウトドアブーム」。ものすごい勢いがあった分、終わった後は人気のアウトドアブランドの株価は半分になり、大手も廃業に追い込まれました。僕らも当然煽りは受けました。それでも今期は立て直し、増収増益で業績の上方修正もできています。なぜこんなに早く立て直せたのか。それは、ブームと言われ出した時点で在庫をどんどん減らし仕入れを切り替えて、売上をあえて落としにいったからです。世間で「ブーム」と呼ばれたら、もう下り坂に入ってるんです。そこで大きく投資したって長くは続かない。だから早い段階でアウトドアの損失をカバーできるようにアパレルや別領域に力を入れました。冒頭で「売ることを他人任せにしたらダメだ」と言いましたが、こういう流れを読む力って情報じゃないんです。自分でやっていれば肌で分かることなんです。 例えば、今まで飛ぶように売れていたものが1個だけ残ってる。これが“蟻の穴”です。「もう下り坂が始まったな」と感じられるかどうか。現場でお客様の顔を見て、声を聞いて「あれ、残ったな」と思ったら、それはウチだけじゃなく全国どこでも起こっている現象なんです。僕はそこでピンと来たから対策ができた。ブーム後に潰れてしまったところは、もしかしたら「取れる時に取っとけ!」と売上を追っていたのかもしれません。自分でやるからこそ、流れの中で「今や!」という瞬間が分かる。そして、その瞬間動けるように日々準備を怠らないこと。生き残るためにはそれが一番大事だと思います。

行き先が見えていれば、必ず辿り着ける
事業をつくる時に大事なのは「自分はどこへ行きたいのか」が見えているかどうかです。ゴールじゃないです。ゴールは死ぬ時やから「中間地点」ですかね。マイルストーンとそこまでの道が見えているかどうか。
経営者は毎日、何十何百って判断を迫られます。そこで行き先も見えずに目先の判断だけを積み重ねてたら、とんでもない場所に行き着いてしまう。一つひとつの判断レベルは、その時の自分の力量や環境に左右されるんで仕方ない部分もあります。でも中間地点が定まっていたら、多少効率の悪い判断をしても絶対辿り着ける道を選べるんです。成功も失敗も早いほうがいい。特に失敗は早いうちの方が回復も早いですね。時間はみんな平等やから、あとは「やるか・やらんか」だけ。
最後にこれだけ言いたいのは、何をするにも「まず人」です。困ってる人がいたら助けること。人を助けた人間だけが、人に助けてもらう権利をもらえるんだと思います。そうやって丁寧に人を大切にしていたら、いざという時に人が集まってくれます。それは僕にとって高級外車に乗るよりずっと気持ち良くて、価値のあることなんです。

いけだ・みちお
1971年和歌山県伊都郡かつらぎ町生まれ。1994年に地元かつらぎ町でサーフショップを創業。並行してインターネット黎明期に始めたEC事業が軌道に乗り、2006年に法人化し、株式会社ミモナを設立。2014年「アウトドアショップ Orange」を開業。2019年には「アウトドアスパイス ほりにし」の販売を開始。2023年に株式上場を果たす。大阪では2020年に「Orangeなんばパークス店」を出店している。

株式会社ミモナ
代表取締役|池田 道夫
創 業|2006年9月1日
本社所在地|〒649-7122 和歌山県伊都郡かつらぎ町新田4-1 TEL:0736-25-6639
事業内容|アウトドア・スポーツ用品小売業・卸売業
『あの企業が考える 事業づくりとは何か?』
発行元 | 大阪府商工労働部中小企業支援室経営支援課
発行日 | 2025年10月7日
プロデュース | 枡谷郷史、足立哲、大内涼加、西尾和倫(大阪産業局)
企画・取材・記事・デザイン| 古島佑起(クリエイティブ相談所 ことばとデザイン)
プロジェクトマネジメント | 吉原芙美(クリエイティブ相談所 ことばとデザイン)