明治40年創業の米問屋。スーパー・ECモール・産直など米が手軽に手に入るようになったことで問屋業界は価格競争が激化。差別化のための新規事業としてお米マイスターによるオリジナルブレンドの無洗米サブスクサービス『米月(まいつき)』などユニークな事業を展開。続いて「新事業展開テイクオフ支援」で開発した自社初の加工食品『ごはんころころ』を2024年6月にリリースした。
Q1. 新規事業を始めるきっかけは?
他では買えないオリジナルブレンド米のサブスク『米月』は、米問屋としてはユニークなサービスでしたが世間の目を引くまでには至りませんでした。差別化するにはもっともっとトガらねば。市場動向を見ても炊飯の手間を負担に感じる消費者が多いことから、より手軽で美味しいごはん商品が必要だと考えていた頃、元割烹料理人で現在は冷凍加工業を営む友人から商品開発のお誘いがありました。冷凍食品なら食べたい時にすぐに食べられる!と思い、冷凍ごはんに最適なブレンド米「ひといき」をベースに炊飯具合や漬物の組み合わせを検証し、何度も試作を繰り返しました。目指したのは、解凍後はもっちり柔らかな炊き立て食感と漬物の彩りが楽しい、見た目にも新しいライスボール。こうして米のプロと和食のプロがこだわり抜いた、心と小腹を満たす新商品『ごはんころころ』が生まれました。自社初の加工品が完成したと同時に柿本が問屋からメーカーへ職域を広げた瞬間でもありました。
Q2. 新規事業の中で苦労した壁は?
『ごはんころころ』は6粒1パックで580円。高品質の米や冷凍加工賃で原価率は高めです。利益を考え卸しはせず、販売は自社ECに絞りました。発売日は6月25日。その3日前の催事で大々的に宣伝し、ドキドキしながら初日を迎えましたが全く売れません。それから8月現在までEC売上はゼロ。在庫は約100パック。血の気が引きましたね(笑)。まわりに聞いてみると問題は送料でした。クール便は関西圏でも800円、商品と合わせて1400円は高すぎる。送料は変わらないので、2、3パックセットも出してみましたが結果は同じでした。利益度外視で卸すしかないと悩んでいた時に小さな抜け道を見つけました。趣味のライブ活動での手売りです。ほかほかに蒸すと飛ぶように売れ20パック分が完売。次のライブでは、串に刺した“焼きごはんころころ”25パック分が完売。「ライブなら売れる」。今も壁にぶつかっている最中ですが、この小さな出来事には大きな安堵感がありました。
Q3.新規事業を始めて良かったことは?
「米屋の仕事は問屋業」という固定観念からの脱却です。「やればできる」が経験として分かったので、問屋も商品開発も飲食でも米に関わる仕事なら何でもやってみる、そういう「米屋」がいても良いと思えるようになりました。もう一つは将来に希望が持てたことです。新規事業をされる方の多くは本業に苦戦していると思うのですが、すぐに結果が出なくても挑戦しているうちは何かにつながる可能性がある。結果が出ないともちろんヘコみますが、すぐに次の手を打ち続けます。挑戦を投げ出すことは未来を投げ出すことだと思うんです。会社をなんとかしたい、ウチに関わってくれる人たちともうちょっと豊かに、平和に生きたい。そのための希望が新規事業なんです。
Q4.今後の展望は?
やりたいことめちゃくちゃあるんですよ。ご近所さんでもウチで米が買えることを知らない人がほとんどなので、敷地内に発信拠点を兼ねたテイクアウトの惣菜スタンドを作ります!せっかくなのでごはんだけじゃなくおかずもやります。「おもしろい米屋がいる」というふうに、認知やブランドが育っていけば本業の方にもいい影響が出ると思うんです。価格だけでなく「柿本のお米を買いたい」と言う人を増やしたいですね。本当はブランディングにもっと注力したいですが、今精米などの商品製造は社長のサポートを受けつつ僕が外回りと兼任でやっているので進みが遅くて。まず新規事業を月商100万円まで伸ばして人を雇いたいですね。あとライブ活動は、バンドと並行して「お米屋さん」という名義でソロも始めました。帆前掛けをして自作のお米ソングを歌い、ライブ後に自分で米を売る。ミュージシャンと米屋、どっちの人からも変わってるって言われます。キャラ立ちして柿本のブランディングにつながったらいいですよね。こっちの展望は……フジロック!フジロック出たいです(笑)。
Q5.新規事業を始める方にメッセージを
新規事業ってリスクを抑えながら打席に立ち続けることが大事だと思ってて。一発逆転のホームランなんてほとんどないんじゃないでしょうか。ダメでもやり方を変えたり、抜け道を探したりしながら何度でもやる。やり続ける。実はウチは昨年秋に従業員が半分になって、新規事業をする余裕なんてないくらい精一杯の毎日です。でも未来のことを考えて、言葉にして、取り組んでると目の前の壁に当たっていく力が湧いてくるんです。今の事業が良いか悪いかやっている最中は分かりません。だけど「今より良くなるかも」という気持ちが体を動かしてくれていると感じます。新規事業に取り組む皆さんと一緒にできるまで挑戦を続けたいです。僕もまだ成功してないですから。
柿本 幸平 かきもと・こうへい
1989年岸和田市生まれ。2011年大学卒業後、家業である株式会社柿本に入社。 2013年に五つ星お米マイスター資格を取得し、米を知り尽くしたプロならではのオリジナルブレンド米を自社商品化。また米のサブスクサービスや冷凍米飯加工品など自社初となる新規事業を次々に生み出している。本業の傍ら趣味のライブ活動では自作のお米ソングでPRを行う“歌うお米屋さん”。
THE HURDLES
発行元 | 大阪府商工労働部中小企業支援室経営支援課
発行日 | 2024年9月27日
企画・取材・記事・CD・D | 古島佑起(クリエイティブ相談所 ことばとデザイン)
プロジェクトマネジメント | 吉原芙美(クリエイティブ相談所 ことばとデザイン)
紙面デザイン | 永井華奈子(株式会社ハチ)
表紙イラスト | 岡田志歩
プロデュース | 枡谷郷史、足立哲、大内涼加(大阪産業局)
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『THE HURDLES』は、府内中小企業の新規事業を対象とした大阪府の新事業支援事業『令和6年度新事業展開テイクオフ支援』の一環で制作されたインタビュー集です。2022年の「新事業支援 Vチャレンジ」から2023年の「令和5年度新事業展開 テイクオフ支援」に至る過去3年間の採択事業者の中から、今なお新規事業に継続的に取り組む6者を再取材して刊行しました。新規事業を始めて3年以内に何が起こるのか。その障害、喜び、成果など現在進行形のリアルな声を収録。本紙がこれから新規事業を始める方々の一助となれば幸いです。