新事業展開の事例

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業種
取り組み

木村石鹸工業株式会社 木村 祥一郎

来年創業100年を迎える八尾の老舗石鹸メーカー木村石鹸工業株式会社。
昔ながらの釜焚き製法で良質な商品を製造するも薄利多売のOEM事業で業績は低迷。
2016年4代目に就任した木村社長が取り組んだのは自社ブランドの立ち上げでした。
天然素材の優しさを生かした初の自社ブランド『SOMALI(ソマリ)』は人気を博し、その後もかゆいところにも手が届くニッチな商品『Cシリーズ』、髪を本気で良くするシャンプー『12 / JU-NI』など数々の人気ブランドを展開しています。
正直なものづくりがファンを生み、企業と顧客の理想的な信頼関係としてメディアに取り上げられることも多い木村石鹸。
同社が考える価値とは何か?木村社長にお話しいただきました。


もともと正直な会社

最近「木村石鹸さんは正直な会社だね」と言っていただく機会が増えてきました。でもそれは僕がそうしたわけではなく、親父の代からもともとそうなんです。クレームがあったら、親父が岡山まで行って個人のお客さんに直接謝ったり。逆にけっこう大きなお客さんでも、商売道徳に反したことをするところとは取引を辞めたり。そういうエピソードが多いんです。岡山のお客さんはその対応に感激して、ウチを生協さんに推薦してくれて、それがきっかけで生協関連のお仕事が始まりました。大手のお客さんを断ったとき営業は困ってましたが、親父はそんなところと付き合ってウチの徳が下がるより辞めた方がいいって。また必ず良いお客さん見つかるからって言うんです。それを探してくるのは営業なんですけどね(笑)。でも、ほんとにそこから3年くらいで落ち込んだ分以上の良いお客さんに出会えました。そういうのを見てきたベテラン社員は「ウチの会社は運がいい」って言うんです。正直に誠実にやってるから、回り回ってウチの会社にプラスになるんやって、みんな自然と信じてるみたいです。だから「木村さん、何を変えたんですか?」って聞かれても、もともとそうだったんです。

自分たちがどうありたいか

僕が少し変えたのは数字を見ることです。親父の代は親父も含めて社員の数字に対する意識は低かったですが、今は現場も含めて社員の半数くらいは決算書が読めます。数字の意味が分かると、例えばネット通販でもただのセールじゃなくて、客単価を上げるには?併せ買いをしてもらうには?と考えて施策を練るので全然変わってきますよ。あとウチは、社員の給与が自己申告制なんです。一人ひとりが自分でやることを決めて、最適な給与額を提示し、会社もそれに真剣に向き合う。
今社員の70%くらいは提示額のまま通りますし、残りも最終的には全員が納得して着地します。この仕組みはやって本当に良かったです。やっぱり自分で決めてるんでコミットが全然違います。要するに自分で考えて決断できる社員を増やしたいんです。自分たちがどうありたいかですよね。
親父の代に作った社訓と経営理念には、最近主流になっている社会や顧客に対してどんな価値を提供するかではなく、「自分たちがどうありたいか」について書いてあります。先日社内で「将来的に会社で達成したいこと」についてディスカッションをしたとき、社員の一人が「社員が一番自慢できる会社が良いよね」って言ったんです。全員すごいフィット感があって。自分たちが胸を張って出せるものができたら、その価値は必ずお客さんに伝わる。自分たちの商品はお客さんにとって価値があるんだと自分たち自身が信じられる会社になろうと。やっぱりウチは、自分たちがどうありたいかが先に来る会社なんだと思いました。同時に「社員が一番自慢できる」というからには、自分たちが最後までファンでいられるものを作らないといけないね、と。そうあるためにみんないろいろ考えてくれています。

自然と漏れ伝わる価値

初の自社ブランドだった『SOMALI』が東京の展示会に出て好評を博したり、売れるようになったことで社内の意識はガラリと変わりました。ただ、売り方で言えば『SOMALI』は完全に昔の売り方をしたと思っています。売り場の棚をとるために複数アイテムで展開し、世界観を作る。発売のタイミングで展示会やキャンペーンを打つ。メーカーは新しいことに価値があると思って広報をしますが、これだけ商品がある中で消費者にとって「新しさ」は価値ではないと思います。『12 / JU-NI』というブランドでは、発売日に一気に広報するのではなく、SNSやクラウドファンディングを活用して、開発のプロセスから公開し、そこにお客さんを巻き込んでいくというコミュニケーションをしました。戦略的にそうしたというより「新しさ」を売りにすることに限界を感じていたので、開発の苦労とかどういう人たちが作っているとか、ありのままを見てもらってそこに人がついてきてくれたら良いなという感じでしたが、思いのほか反響がありました。
例えばアイドルグループが人を惹きつけるのって、容姿や歌の上手さだけじゃなくて、メンバー同士の仲の良さや楽しそうな姿、一所懸命さみたいな部分もあると思うんです。「あのグループなんか良いよね」って。僕は、それ会社にも言えるんじゃないかと思ってて。社員がほんまに面白く働いてるのが自然と漏れ伝わっていくことで、「木村石鹸って良いよね」って思ってもらえたら嬉しいですね。自分たちのことを知ってもらう時に意識していることがあるとすれば、繕わないことです。楽しそうに見せるのではなく、本当に楽しい様子が漏れ出ていくということは大事にしています。

新規事業は「儲かるかどうかで判断しない」

新規事業をやる上で大切なことは、やる人の気持ちです。やらされている感がないこと。あとはまわりの環境作りです。最初儲からないのは当然なので、その時に社内で「何をしてんねん」という目で見られないようにすることが大事です。自分たちが面白がれて、まわりも理解してサポートできると上手くいく確率が上がると思います。ましてや経営者が「儲かるんか?」とか言ったら終わりです。「儲かる・儲からない」の軸で「やる・やらない」を考えると新規事業はできなくなります。でも、「儲からなくても何かになるかも」をすることが次の新しい局面につながると思います。予測できる範囲のことだけだと「改善」にしかならない。常に社内リソースの20%をどう転ぶか分からないことに割き続けると、だんだんその状況に慣れてくる。そのうち何かが成功して「あぁいう時間があったからできたね」と言える経験が蓄積されてくると、社内にやってみることを許容する雰囲気が出てくると思います。今、木村石鹸は誰も「そんなんやっても儲からん!」って言わないです。

新規事業を始める人へ「考えてやったことは何かにつながる」

どういう形にしろ、考えてした行動は何らかの結果につながるということですかね。僕、『SOMALI』を始める前にある大学教授にボロクソに言われたんです。「何が自社ブランドだ、カッコつけて。浮ついたことやってお前の代で会社潰す気か!?」って。そこからずいぶん自問自答しましたよ。自社ブランドでほんまに会社が良くなる保証はどこにもない。苦悩はありましたけど、でもこのままOEM一本で行くのは絶対難しい。業務用とか介護用とか別の道もいろいろ探ったけど、どれも違うように思えた。その中でようやく「これだ!」って見つけたのが自社ブランドだったんで。最悪失敗しても「新しい分野に挑戦している姿は、若い人の採用には役立つかも?」とか自分なりに納得できる組み立てもして。そうやって始めたことが、どうしようもない失敗になるなんてことないと思うんです。何かしら残りますよ。採用なのか、新規の取引先なのか、それは分からないですけど、何かしらの良い面は絶対あると思うんで。しっかり考えたことであれば、頑張ってやったら良いと思います。ただ、義務感でやるのは良くない。自分の中での納得は必要です。当然思い通りに行かないし、いろんな問題が起きるので、その時に義務感でやってると乗り越えられないと思います。でも、自分が納得して「これだ!」と思っていることなら、けっこうなことまで乗り越えられると思うんですよね。


きむら・しょういちろう
1972年大阪府八尾市生まれ。1995年大学時代の仲間数名とIT会社を起業し、以来18年間、商品開発やマーケティングなどを担当。2013年取締役を退任し、家業を継ぐため「木村石鹸工業株式会社」に入社。2016年4代目社長に就任すると、OEM中心の事業モデルから自社ブランド事業への転換を図り、『SOMALI(ソマリ)』、『Cシリーズ』、『12 / JU-NI』など数々の自社商品をリリースしている。


木村石鹸工業株式会社
代表取締役:木村 祥一郎
創業:1924年4月1日
本社所在地:〒581-0066 大阪府八尾市北亀井町2-1-30
TEL:072-994-7333
事業内容:家庭用洗剤・業務用洗剤の製造販売、バレル研磨用コンパウンドの製造販売


『大阪のあの企業が考える価値とは何か?』

発行元 | 大阪府商工労働部中小企業支援室経営支援課
発行日 | 2023年9月1日
プロデュース | 枡谷郷史、足立哲(大阪産業局)
企画・取材・記事・デザイン| 古島佑起(クリエイティブ相談所 ことばとデザイン)
プロジェクトマネジメント | 吉原芙美(クリエイティブ相談所 ことばとデザイン)

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