新事業展開の事例

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取り組み

SEKAI HOTEL株式会社 矢野浩一

19歳で不動産業界に飛び込んだSEKAI HOTEL株式会社の矢野社長。成績を上げながらも次第に営利至上主義から社会に残る・必要とされる不動産事業をしたいと考え事業を大きくシフトしました。
本業であるクジラ株式会社では、従来の不動産仲介業ではなく不動産選びからデザイン・施工までをワンストップで提供できる顧客価値の高い住宅リノベーション事業に刷新。その上で社会に必要とされる自社サービスとして、地域の空き家をリノベーションし、地域と連携しながらまちごとホテル化する『SEKAI HOTEL』事業を立ち上げました。
現在は東大阪の布施と富山県の高岡の2拠点が営業しています。
空き家問題の解決と地域活性化の事例として社会から注目を集めるSEKAI HOTEL株式会社。
同社が考える価値とは何か?矢野社長にお話しいただきました。


モノではなく、モノから生まれる体験が価値

『SEKAI HOTEL Fuse』は、50年以上の歴史がある商店街の中にあります。近所の喫茶店のモーニングや銭湯を無料で利用できるサービスなど、10店舗以上と提携し、まちそのものがホテルになるような運営をしています。今はいろいろな方にご宿泊や取材に来ていただいていますが、最初ホテルを作る時は、ただ素敵な内装のホテルにするだけでは誰も来ないだろうと思っていました。布施も高岡も観光地ではなく「何をしに行くまちか分からない」からです。僕は観光って「古都」や「リゾート」などの名詞と、「そこで何をするか」の動詞が結びつくようなコンセプトがないと誰も足を運ばないと思っています。「古都、京都」と言えば、お寺巡りや着物を着る以外にもいろいろ思い浮かびます。有名観光地じゃない場所こそ「何をしに行くまちか」が見える観光戦略が必要ですが、できていないところがほとんどですよね。今の時代、地方の魅力など分かりにくいものこそ、価値の言語化が重要だと思います。

一方で布施は、商売繁盛の戎神社や100年超えの商店があり、まちや人の商い的な活気から「景気良くいこう」がコンセプトです。あえてゆるく、「これが名物です!」みたいな謳い方はしていません。日本全国のモノでPRしている観光戦略の成功事例が少なく「おそらくモノで訴求するのは難しい」という自分たちなりの仮説を立てました。やってみて今の結論は、やはりモノ単体ではなく、モノから生まれる体験やそこでしか得られないものこそ価値であり、そういう情緒的な魅力を表現していくことだと思います。見た人に「ここに行くと楽しそうだな」と想起したり、共感してもらえることが大事ですね。

現代人は、ゆるみたい

ちょうど先週社内の合宿で「何が良くて布施までくるんだろうね?」って自分たちで改めて考えてみたんです。まだ結論は出てないんですけど、仮説では現代人ってたぶん「ゆるみたい」んじゃないかという話になりました。人それぞれ緊張から解放されて「ゆるみたい」という感情をなにで解消するか。僕らのホテルに来るお客様は、ゆるい・ぬるい・曖昧な感じの「なんかいいよね」という体験でゆるみたい方が来られてるんじゃないかって。布施はリゾートでもない、温泉地でもない。いかにも古い商店街があって、そこに暮らす人の生活があって、いろいろなものが複雑に絡み合った「なんかいいよね」というまちのもつ雰囲気が「ゆるみたい」という欲求と合うんじゃないかと思います。

ホテルとしてはそれをお手伝いするような感じで「用意されているコンテンツを楽しみたい人」から「偶発的な出会いや発見を楽しみたい人」まで対応できるようにしています。前者は「1泊10食付きプラン」。10枚組のトレーディングカードが食券のようになっていて、商店街のお店でカードを渡すと食事ができるというものです。カードにある飲食店を巡るだけでも、かなり布施の魅力を味わうことができます。後者は近隣の飲食店や銭湯に自分でガンガン行って勝手に楽しめる方々なので、コンテンツとして何かあるというよりは、普段から僕たちが近隣の皆さんと良い関係性を作っていくという感じです。お客様が近くの銭湯で「お。SEKAI HOTELに泊まってるんや?」と声をかけられるとかは日常の風景ですね。リピーターさんは素泊まりも多くて、行きつけのお店ができてたり。中にはウチには泊まらないけど、布施というまちをリピートする方もいらっしゃいます(笑)。

恰も好いかどうか

『SEKAI HOTEL Fuse』は最初、「万博まで赤字でいい」って言ってました。地域や社会のために良いものを作ろうという方針で、利益ではなく質を優先して試行錯誤してきました。ただ『SEKAI HOTEL』は、今後高岡以外にもいろいろな地域にフランチャイズ展開し、地元企業にオーナーとして運営していただきながら、地元の人が就労する地方創生のプラットフォームを目指しています。その中で直営店の布施がずっと赤字では、フランチャイズオーナーに示しがつきません。営利非営利含めてトライアルできる直営店とは違い、フランチャイズ店は客室数に対して年間の宿泊者数や売上、利益などビジネスの「ちょうどいい状態」を決めて作っています。ホテルの経営をこの状態に持っていくことができれば、『SEKAI HOTEL』で働く人も給与や休みがどれくらいで、どんな働き方ができるか、その地域でどう生きていくかが見えてくると思うんです。
そもそも売上が黒字か赤字かよりも、ウチは全社の価値観が「恰好良いか悪いか」。恰(あたか)も好(よ)しかどうかなんで、見境なく儲けたいというよりは、ちょうどいいビジネス像に向かって走りたいんです。社会の困りごとに対して、目指している「恰も好い状態」がある。そこに足らない分を埋めるために仕事をしている感覚なので、まず黒字化優先ではないんです。ただ、ボランティアをしたいわけじゃないですし、今はコロナも落ち着いて分散型ホテルやマイクロツーリズム、あるいは旅先の風土を楽しむような観光が注目されてきているので、その中で質を維持してお客様に喜ばれるもの、ちゃんと商売として自走できるものとして永続的にやっていきたいですね。

新規事業は「根気」

新規事業は「根気」だと思います。辞めちゃうじゃないですか、みんな。もちろん財務戦略とか経営方針として撤退ラインを決めるのは手法として全然ありなんですけど、僕は「辞められるならしなきゃいいのに」と思っています。「成功するまでやる」たぶんお金も人脈もスキルもない窮地に立たされた人が唯一勝つ方法ってそれしかないと思いますよ。全部あれば、悩まないじゃないですか。でも、潤沢なリソースがない中で「死んでも辞めない」と思えないならやらない方がいいんじゃないかな。僕は、最初もっと浅く入ってますけど(笑)。でも、やっぱり辞められなかったから今があるんで。コロナの時は、本当に会社を潰すという話も出たくらい窮地にもなりました。でも辞めない。根気・やる気・勇気!ですかね(笑)。

新規事業を始める方へ。「働き方を変えましょう」

僕の経験でしか言えないですけど、働き方を変えた方がいいと思います。もうちょっと言うと、自分がどこで息を吸って吐くか、所属するコミュニティを変えるということです。その新規事業に合ったコミュニティに自分の住所を変えるんです。コミュニティって目に見えないですけど、確実にあって。どうやったらそこの一員になれるかというと、そこにいる人たちと同じ生活しないとまず入れてもらえないです。着る服、読む本、使う言葉…何から何まで徹頭徹尾変えないと一生そのコミュニティには入れないと思います。入ってから変わるはないんです。入っているかのように先に振る舞うしかない。すると必然的に働き方を変えなきゃいけなくなります。僕は19歳の時に始めた不動産のコミュニティから今、全然違うところに引っ越しました。そうしたことで、本業のクジラ株式会社や『SEKAI HOTEL』の活動を支えてくれる人たちとの出会いや今の形につながっているんだと思います。


やの・こういち
2007年クジラ株式会社を設立。その後リノベーション事業に本格参入し、「事業開発できる不動産・建築業の企業」を目指し、不動産・建築業界では珍しいホラクラシー型組織を導入し、成長・変革を続ける。2017年6月に、放置された空き家を再活用するまちごとホテル化プロジェクト「SEKAI HOTEL」をOPEN。ソフト・ハード共に自由なコンテンツ設計を可能とした新しいホテルスキームを展開中。


SEKAI HOTEL株式会社
代表取締役:矢野 浩一
創業:2014年11月26日
本社所在地:〒530-0016 大阪府大阪市北区中崎2-5-18 中野ビル1F (クジラ株式会社内)
TEL:06-6375-7720
事業内容:リノベーション宿泊施設の運営


『大阪のあの企業が考える価値とは何か?』

発行元 | 大阪府商工労働部中小企業支援室経営支援課
発行日 | 2023年9月1日
プロデュース | 枡谷郷史、足立哲(大阪産業局)
企画・取材・記事・デザイン| 古島佑起(クリエイティブ相談所 ことばとデザイン)
プロジェクトマネジメント | 吉原芙美(クリエイティブ相談所 ことばとデザイン)

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